ストレスとうまく付き合って素敵な人生を満喫しよう

WHOの統計では、12ヶ月の間に鬱症状を経験する可能性のある人は、男性で5.8%、女性で9.5%とされている。つまり家庭で、職場で身の周りの人の誰かが鬱になっていると考えるといい。そして本格的に鬱になったら一生治らないし、自殺する人も多い。これほど身近で危険な鬱なのに対策はほとんどなされていない。これは極めて問題だ。

鬱になる人の原因の多くは過労だ。現代の高ストレス社会では家庭で、職場でストレスの原因が山積み、そしてそこに長時間労働が加わると脳の限界容量を超えてしまい脳内に不可逆的な破壊が起きて動けなくなる。これがよくあるタイプの鬱病だ。

 

脳の守り方の基本

対策はとても簡単

  1. そもそも脳に過負荷をかけない
  2. 脳を効率的効果的に休ませる
  3. 脳の負荷状態が危険域に達したら休む

これだけだ。これを実践するだけで鬱病フリーの心豊かな人生になる。しかし、多くの人はできない。なぜか? 多くの人は今自分の脳(メンタルヘルス)がどういう状態になっているのか認識できないからだ。人間にはホメオスタシスの機能が備わっているのでストレスがかかって脳が壊れかけてもそれで脳が停止しない様に脳内麻薬で麻痺させるような応急措置を自動的に実行してしまう。だから表面上はいつも通りの行動ができてしまうし、危険な状態である事を知覚しにくくなってしまっている。

自分のメンタルがどれだけ悪い状態になっているのかを把握できないのであれば負荷状態も分からないし、休ませる事の意味も効果も分からないのだ。だからまず、自分のメンタルヘルスのチェックをしっかりとできるようになる事が一番大切である。

例えば次のような事を経験した事は無いだろうか?

  • まぶたや口角がピクピクする
  • ニキビや吹き出物
  • 腹痛や異常便通
  • 休日の頭痛
  • 目がチカチカする
  • 耳鳴り
  • 不眠症

これらの原因の多くはストレスでメンタルヘルスが悪化して脳が異常動作を起こし始めた結果だ。鬱病になる前のサインともいえる。こういう症状が現れたら休息をちゃんと取らないとかなり危険な状態だ。

こんな状態になるまで放っておかないようにする事、これが当面の目標となる。

基本は自分の行動、感覚を観察する事。些細な事で怒りやすくなっていたり、食欲が異常に高まってたりしないかというレベルで常に心をケアし続けるのだ。瞑想をやっていれば自分の心が安定している状態を感覚として捉えられているのでそこからの差分を見るだけでも把握が可能だ。

これができるようになると今自分にどういうストレスがかかっていて、後どの位耐えられそうかの目安がつくようになる。そうするとこの手のストレスはヤバいとか、このままだと早晩破綻しそうだという対応の手がかりを得られるようになってくる。そしてこの手がかりを使ってストレスで脳にかかる負荷を最小限にし、効果的な休息に繋げていく。

 

ストレスと闘う秘訣

ストレスがかかった時にそれを逸らすお勧めのやり方は

  • ゆっくりと深呼吸をする
  • 笑い話にして笑う
  • 周りの人に話を聞いてもらう

ストレス耐性を上げ、また効果的な休息となる物

  • 運動と瞑想
  • 十分な睡眠
  • 野菜を中心とした健康な食生活 

これらを日頃から徹底する事が大切である。

 

休むスキル

また、ストレスがMAXになり、明らかにダメだという状況に追い込まれた時、それでも仕事をしないとならない状況になる事があるだろう。その時は風邪をひいた事にして電話も切ってゆっくりと寝るしかない。多くの人はここで判断を間違えて出社してしまって鬱病に堕ち、人生を台無しにしてしまう。脳が悲鳴を上げた時はもうその時点でアウトなのだ。一切の業務を停止して土下座すればいい。病欠というのはそういう時のためにあるのだし、実際脳が病気なのだから嘘でも何でもない。

そもそも社員が一人病欠しただけで会社が傾く事なんて無いし、たとえ傾いたとしても社員の責任でも何でもない、会社側の問題だ。鬱病に堕ちて自殺に追い込まれる事になっても会社は何もしてくれない、会社の事を考え過ぎない事が重要なのだ。

理想を追うのも一緒。必死に理想を追いかけるのは良い事だが、脳から悲鳴が聞こえてきているのにさらに自分を追い込むのはダメだ。脳が悲鳴を上げた時点でアウトだという事をしっかり認識し、しっかり休息を取る事を怠ってはならない。

現代の高ストレス社会では脳を守れなかったら負けなのだ。脳を守り、その中で脳の可能性を最大限に引き出す戦略を持つ事が現代を生き抜く大切な考え方である事を認識しよう。

脳と仲良くして素敵な人生を満喫しよう。

 

人類最後の試練

昨日の記事の反響が大きかったので補足をしよう。

1.なぜAIが囲碁で勝った位の事が大変な事なのか?
今まで「AIの情報処理は大した事ない」とされてきた大きな根拠の一つが「囲碁では人間の方が強い」だったから。囲碁は石を置く自由度が高く、盤面も広いため従来の問題解決手法ではマトモな成果を上げられなかった。だから人間の方がAIよりも強く、AIが勝てるようにする方法も見当がつかなかった。そして人間はこれを根拠に人間の優秀さを誇っていた。これがいわば人間の知性の優位性を保証する最後の砦だったと言える。
それがディープラーニングという機械学習手法が発見され、これを活用する事でAIは人間を凌駕できるようになった。つまり、今まで人間にしかできなかった事がAIにもできるようになり、それが人間を遥かに超えてしまう性能を発揮してしまったのだ。人間の知性の優位性はもう誇る事ができなくなってしまった。囲碁より人間が得意であろうゲームは無い。AIは今後も進化が続く、つまり人間は未来永劫ゲームでAIに勝つ事はできなくなってしまったわけだ。もちろんトッププロがたまに番狂わせで勝つような事はあるかもしれないが、勝ち続ける事はもはや不可能だ。
これはゲームの話に留まらない。ある問題を設定した場合、人間よりAIの方が最適解を出せるという事だから今後産業界の多くの分野でAIが使われ始め、結果として人間の活動領域はどんどん減っていく事に繋がってしまう。

2.コスト面でAIは不利だから人間の労働は安泰なのでは?
確かに現時点でのAIシステムは大変コスト高だ。しかし、IT機器のコストは年々安くなっている。これはどんなに高いコストでも時間が全てを解決してしまうという事になる。コストが理由で人間の労働が安泰だというのは後10年もつのか20年もつのか分からないが少なくとも100年はかからないだろう。
そもそも既存のコンピューターの多くは何億ものトランジスタを積みながら逐次処理しかやって来なかった。これは明らかに異常進化であり、AI向きとはいいがたい。並列処理を前提とした演算処理系への移行が進めば進化の速度はグンと上がり、コストも一気に下がるだろう。
また、もし量子コンピュータの実用化が行われるようなイノベーションが有ったらコストの問題は一瞬で全部解決してしまうかもしれない。
だからコスト差による安全性という議論は本質的には意味がないし、そもそもAIに人類が勝てる理由が「人類は安いから」ってあまりに情けなくないか?

3.AIは手足が無いんだから脅威ではないのでは?
この動画を見てもらいたい。

eigo-no-jikan.hatenablog.com


マニュピレーターはどんどん学習で賢くなる。人間の手で行える事はもうマニュピレーターで十分なのだ。移動なら自動運転車やドローンがある。AIが物理的な活動をする下地はもう出来上がっている。後はコストの問題だけだ。しかしこれも時間が解決してしまうだろう。24時間365日ノンストップで労働基準法も関係なく、どんな危険な場所や過酷な環境でも淡々と成果を上げ続けるロボットに人間はどうやって対抗して行ったらいいだろうか?
また、そもそも日本のオフィスワーカーは2500万人、全就業人口の4割に相当する。彼らはオフィスでPCを叩いているだけだ。ここの代替だけでいいならロボットすら要らないのだ。

4.人間とコミュニケーション取れない機械には人間の代替は無理
個人的には最後の砦がここだろうと考えている。人間は曖昧な言動でコミュニケーションしてくるので何を要求しているのかが簡単には分からない。まずその意図を理解する事が必要であるが、それは人間の特性に依存しているので合理性が無く解析が難しい。意図が分からなければ何を欲しているのかもどうしたら満足するかも分からないのでサービスとしては成り立たない。
AIが人間の労働の代替をするにはこの問題の解決が必要である。そしてそれにはまだ時間がかかるだろう。理由はデータを多量に取る事が困難だからだ。データを取るには例えば1000人の一挙手一投足、発言内容を1年分アーカイブしないとならないがそれはプライバシーの問題含めていろいろ問題が発生してしまう。逆にこれが取れてしまえばあっさり解決してしまうかもしれないのだが。

5.働かなくてもいい社会なんて夢物語だ
「働かなくていい」というより「人間なんかに仕事なんて無い」が正しい。それは最初アウトソーシングから始まるだろう。

経理のアウトソーシングやりませんか?安く素早く正しくやりますよ!

そう言う会社が出てきて中身は全部AI。
次に
人事総務の…、商品企画の…、工場管理の…、そして最後に経営のアウトソーシングやりませんか? になる。安くて成果を出せるアウトソーシングなら使わざるを得ない。使わなければ競合他社に負けてしまうからだ。そして全社が使い始める。

新しい仕事ができるって? 確かにできるだろう。5000万人の仕事が無くなり10万人の新たな仕事ができるね。
街中に無職が溢れかえる事に変わりはない。
社会を維持するには無職でも生活できるようにさせるしかない。それはベーシックインカム以外考えにくい。


さて、ではこのような変化がどの位の期間で進行するだろうか?
インターネットが一般に普及してから大体20年でここまで達している事から考えるとやはり20年位のスパンを考えるといいかも知れない。無職が溢れかえるまで20年だ。この時人類が正しい方向に社会を変革できるのか、混沌とした混乱から戦乱に堕ちてしまうのか、それは市民の良識に懸かっている。私はこれを人類最後の試練だと考えている。
さて、君たちは乗り越える事ができるかな?

ついに人類に最後の試練がやってきた。今ここに人類存亡の戦いが始まる

実に感無量だ

 ついに人工知能が人類を超えた事が確認された。唯一人間が得意だった囲碁でAIが勝ったという事は、今後AIはどんな領域においても問題さえ設定されれば人類を打ち負かす事ができる事を意味する。もう未来永劫人類はAIに勝つ事は無いのだ。

もちろん、現状のAIは世界観が無いので価値観もなく、問題も設定しない。だから直ちに社会の何かが変わる訳ではないが、産業の全領域、全分野でじわじわとAIの活用が進み、気が付いたら人間にやらせる仕事が無くなっていたという状況になっていくだろう。

自動車はすべて自動運転となり、農林水産業は全て機械化され、コンビニやスーパーではロボットが陳列、接客をし、レストランではロボットが調理し、配膳するだろう。

音楽や映像、漫画や小説やアートはAIが創造し、ネットで公開され、ネットでプロモーションされ、ネットで課金され、ネットでマーケティングされさらに売れる作品を創造していく。過去の人類の全作品から面白い要素を全て取り出して編み出された作品は人類史上最高に面白いので、人間が作った作品などもうつまらなくて誰も観なくなる。

病院でも誤診の無いAIが適切に治療をしてくれるだろう。

もはや人間にやらせる事など何もない。人間は理不尽でマニュアルを設定してもそれ通りにはやらないし、ミスるし、サボるし、盗むし、イタズラするし、何かと理由をつけて妨害する。正しい事を理屈で伝えると感情的になり最後にはメンヘルに堕ちる。褒めてなだめすかして目標を持たせてモチベーションマネジメントをしない限り価値を生む活動をやってはくれない。

対してAIは24時間365日淡々と目標をこなす活動をし続け、その品質は人間以上だ。全く勝負にならない。

要は人間は生産的活動には向いてないのだ。人間に生産させちゃダメだ。

AIとロボットが社会で活動し始めたらもうその活動領域と量は増えるばかり。減る事は無いだろう。そしてどこかの段階で生産活動は全て機械が担うようになり、社会システムは大きく変わらざるを得ない。もはや人間が働いた対価で社会を回すような経済システムは意味をなさなくなる。

状況としては次のように遷移するだろう。

1.AI導入の時代

各社が自社の業務範囲でAI導入を進め、人間の社員をAIに替えていく。

2.AI連携の時代

各社が導入したAI同士が連携し、自動で生産のチェーンができる。人間がやるのは計画と初期導入と経営だけ。

3.AI企業の時代

計画や導入すらAIがやってしまうので人間の社員が殆どいなくなる。イメージとしては年間10兆円を稼ぐGoogleのような会社に社員が10名しか居ないような状況。 もはや人間に職は無い。

4.AI社会主義の時代

人間が働いて対価を得るというモデルが成り立たなくなるのでベーシックインカムが導入され、ほとんどの人が働かなくなる。生まれてから死ぬまで全くやる事が無いので人々は趣味で時間を潰すようになる。

 

SFの様に見えるかもしれないが、残念ながら人間が働いてもAIの方が安くていい仕事してしまうのだから仕事がなくなるというのはもはや避けられない。逆に言えば何もしなくても困らないのだからまさに人類総貴族と言えるのかもしれない。朝から晩までゲームしてスポーツして音楽聴いて、酒飲んで寝るという時代なのだ。

もちろん、それでも働きたいという人は居るだろう。コミケで同人誌を売って稼ぐような人は無くならないかもしれない。でも、その程度だ。

懸念があるとしたら3点。

 

ベーシックインカム社会へ移行できるか?

ベーシックインカムが適切に付与される社会に推移できるかどうかはまだ分からない。多くの富が一部の企業のオーナーや資産家に集中してしまっている時代でどうやって市民にお金を流す事を正当化できるだろうか。異常に高い税金をかけられる事に彼らが納得するとは思えないし、国をまたがってやられたら税金もかけられない。移行がうまく行かなければ社会は混乱し、混乱は戦乱を招く。第三次世界大戦が起るとしたらこのポイントだろう。ここは極めてリスキーだ。

 

・AIが人類の敵となって混乱しないか?

AI自体には欲望は無いのでそれ単体では無害だが、人類を守るメリットも彼らには無いので何らかの目的を達する上で人類が邪魔だったら当たり前の様に滅ぼそうとしかねない。例えば、「自分をより強力にして複製する目的を持たせたAI」をネットに放つようなハッカーが居たとしたら、このAIはどんどんと成長してネットの中で跳梁跋扈するようになってしまい、全滅させるのは事実上無理になる。作ったハッカーですらもう止められない。そしてどこかのタイミングで一気にネットを制圧して軍事系ロボットを全部乗っ取ったり核兵器を奪ったりされたら極めてヤバい事になる。こういう事態になる前に人間を守るAIを作って放つ以外ないがいたちごっこにならざるを得ない。混乱は避けられないだろう。

 

・人類が持続性を放棄しないか?

生まれてから死ぬまで目的もなくただ飼われる様な生活を何世代も繰り返すうちに人類は生きる力をどんどん失っていくだろう。そのうちに子供を産むのを止めてしまうに違いない。少なくとも少子化が進行するのは避けられないだろう。1000年後に全人口が1000人になってしまった時、クローン技術を使ってでも人口を増やすのか自然に消滅するのに任せるのかそう言う決断が迫られる時期が来そうだ。

 

人類は2016年3月12日、最後の川を渡ってしまった。もはや戻る事はできない。今後AIにまつわるいろんなトラブルが人類を何度も何度も襲うだろう。そして対応方法を間違えると人類は絶滅しかねない危険な局面すら現れるだろう。それは人間が知恵を合わせて何とか乗り切って欲しい。これは人類に投げかけられた逃れられない最後の試練なのだから。

 

 

 

補足を書いたのでこちらもどうぞ

xevra.hatenablog.com

 

 

酒は1000万人のメンヘルを生み出し、毎年3.5万人を殺してる。ダメ!絶対!

 

まず、この表を見て欲しい。

2013年 厚労省研究班

 男性女性総計
多量飲酒者(飲酒する日には純アルコール60g以上) 785万人 195万人 980万人
リスクの高い飲酒者
(1日平均男性40g以上、女性20g以上)
726万人 313万人 1039万人
アルコール依存症者と予備軍(AUDIT15点以上) 257万人 37万人 294万人
ICD-10診断基準によるアルコール依存症 95万人 14万人 109万人

2008年 厚労省研究班

 男性女性総計
疾病単位ごとのアルコール寄与率を用いた
アルコールによる年間死亡数の推計
(2008年の人口動態統計を使用)
23,583人 11,405人 34,988人
総死亡数の3.1%

アルコール関連問題を正しく理解しよう | アル法ネット(アルコール健康障害対策基本法推進ネットワーク)

 

 

日本人の10人に1人が酒のために危険な状況にあり、3.5万人が毎年殺されている。これはあれほど騒がれている自殺者数よりも多い状況だ。

ダメじゃん

 

家庭が荒れている話を聞くと、必ず酒が出てきて児童虐待などに繋がっている。日本の不幸の多くは酒によって拡大再生産され続けているのだ。

酒は脳を壊す危険な薬品であり、社会の深刻な脅威になっている事はしっかりと再認識しないとならない。

 

もちろん、タバコと違って適量嗜んでいる程度であれば薬になる部分もあるだろうし、酒の文化も大切だし、宴席の楽しさは格別だ。だから禁酒法のような事をやりたいとは思わない。

しかし、アルコール依存状態にある人間に酒を提供する事を止める仕組みを作らないと悲劇は止まらない。

対策としては

  • 販売ルートを絞る(自販機の禁止、夜間販売の禁止)
  • 販売総量を規制する(各店舗ごとに取り扱い総量に上限を設ける)
  • 価格を上げる(酒税を改定して安酒を無くす)
  • 広告を禁止する
  • 依存症患者に対するフォロープログラムの充実化
  • 酒の危険性の周知

などを地道にやっていくしかない。

これをお読みの皆さんには節酒の機運を盛り上げていく事に協力して欲しい。

酒を飲む時は楽しく飲めて、でも依存症患者が出ない社会を目指していこう。 

 

笑って行こう、笑顔が全てを解決してくれる

 前回の私のエントリを実践した報告を見つけた。しっかりと幸せの糸口をつかめたようで良かった。

笑顔で周りの人に声をかけて生きよう

それが結局どんな金持ちや有名人でも手に入れられなかった幸せを運んできてくれる。それはハーバード大学の研究成果が保証しているのだ。

ただ、周りが笑顔でいれば笑顔でいるのも簡単だが、そうでない場合、最初に笑顔で居続けるには心のエネルギーが必要だ。それをどこから供給するかと言えば自分の胆力しかない。それはどうやって鍛えるかと言えば運動と瞑想の習慣を持つしかない。

そして、運動と瞑想の習慣をしっかりとキープし続けるには心身の基礎ができていないと難しい。それは十分な睡眠と野菜中心の食生活が基本になる。

整理すると

1.十分な睡眠をとり、野菜中心の規則正しい食生活をする

2.運動と瞑想の習慣を持つ

3.笑顔で周りの人に声をかけて生きる

 

というライフスタイルの確立が大切だという事だ。

また、金や名声を追わずに豊かな人間関係の構築を求めるというスタイルになるともう損得勘定が不要になる。「損した!ズルい!」「こうしないと損する!」という発想から卒業できる事は人生の豊かさを確実に向上してくれる。

誰にでも幸せはすぐ目の前に沢山転がっている。損得勘定し、正論で相手を叩きのめす事ばかり考えているから幸せは逃げて行ってしまう。

損したっていいじゃないか、金や名声はあなたを幸せになんかしてくれないのだから。それより笑顔でどんどん声をかけて行こう。一緒に笑い合える相手が一人でも居れば人生それだけで成功なのだ。

笑って行こう、笑顔が全てを解決してくれる。

 

人生の真理がついに判明。豊かさに必要な事はたったこれだけ!

 

ハーバード大学による75年に及ぶ研究結果が凄い。これは人間の生きる指針を提示してくれる画期的な成果だ。

人間にとって一番重要なのは金でも名声でもなく

家族や友人、コミュニティーなどと関係を持って豊かな人間関係を持つ事

である事が確認された。

つまり、我々が目指すべき事は、いい大学に入る事でも大企業に就職する事でもTVに出る事でも表彰される事でもなく、家族や友人と楽しく豊かな関係を築く事だけなのだ。

私は仕事柄何千億円持ってる富豪やTVに良く出てる著名人と話をしたりするが彼らは全然幸せそうには見えない。つまらなそうにイライラしがちだった。人に囲まれながらもある意味孤独だった。こういう姿を見る度に金や名声がいかに無力か、いやそれどころか毒ではないのかという事を考えさせられていた。

こういうのを見るにつけ「どう生きるのが素晴らしいのか?」という問いは非常に悩ましい問題となって私の中でもやもやと蟠っていた。

しかしある日、人間とは心の存在であり、心が一番感応するのは他の人の心であるという一番の根本原理に気が付き、全ての問いが解けたのだった。金は単なる数字、確かに足りなければ不幸だが暮らすのに問題無い程度の金が有ればそれ以上は要らない。名声は単に有名税となって人生を蝕む。有名になって承認欲求が満たされたとして何が残るのだろうか。人間結局は誰と何をするのか?これが全てなのだ。

誰と一緒に笑うのか? 誰と一緒に泣くのか? 誰と一緒に想いをぶつけ合うのか?

人生とは単にこれの積み重ねである。そして、これらが豊かであれば自然と人生は豊かになるのだ。これが実現出来たら金も名声ももう要らないのだ。

この人生の真理が分かってからとても心は軽やかになって自然体で暮らす事ができるようになったし、仲間との関係もよりうまく行くようになった。

ただ、この考え方に根拠はあるのか?と言うと単なる私の感想の域を出なかったので何とも言いようがなかったが、今日、このエントリを見て、それがハーバード大学で実証されていたと知って非常に勇気づけられた。やはり、これは誰にとっても人生の真理だったのだ。

 

どう生きたらいいか?

その問いの答えは簡単だ

笑顔で周りの人に声をかけて生きよう

これだけでいいのだ。それが結局どんな金持ちや有名人でも手に入れられなかった幸せを運んできてくれる。それはハーバード大学の研究成果が保証しているのだ。

自信をもって笑顔で声をかけて行こう。幸せはもうそこにある。

 

 

追記

運動と瞑想はこれを上手く遂行する上での基礎なので当然やらないと話にならない。人生の目標は金や名声ではなく豊かな人間関係構築にあるというお話。

 

ミニマリスト()は醜い貧困層のヒステリー 今すぐ投薬とカウンセリングを

元エントリでは、「物欲を否定されるからミニマリストに対して否定的になる」という意見があったが、そんな事は全然ない。 

ミニマリストと言えば例えば禅寺の修行僧などもミニマリストと言える。私物もわずかしかなく基本物は買わないライフスタイルだからだ。しかし、禅寺の修行僧に対して怒りをぶつける人など誰も居ない。むしろ尊敬している人が殆どだろう。つまり、物欲を否定されたくらいでは誰も怒ったりしないのだ。

 

 

matome.naver.jp

 

同じ様なミニマルな生活をしていてもミニマリスト()と修行僧に対する世間の評価はまるで逆だ、なぜだろう?

理由は簡単で、ミニマリスト()は貧困で溜まったフラストレーションを、物を捨てる事にぶつけ、それを自慢する事で対抗しようとしているからだ。 要は醜い貧困層のヒステリーだから叩かれているのだ。

貧困層facebookなどに次々と掲載されるディナー写真やセレブリティなパーティの写真を見る度に心を病み、ついには爆発して自分の物を全部捨ててしまう。そしてそれをミニマリスト()なの!と自慢して心の平衡を保とうとしているのだ。

その証拠に富裕層にはミニマリスト()は居ない。全員貧困層なのだ。

ミニマルな生活で心を豊かにとか言ってるが、もし本当にそうならブログなんかで自慢していないで永平寺へ入山しろ。そこまでやらないまでもブログで自慢などするな。

もちろん、心を病んだ貧困層を叩いても解決にはならない。だが、貧困層のヒステリーを放置しておいても彼らの病は治らない。しっかりとミニマリスト()は拒食症系の精神疾患である事を周りの人が説いてあげて病院へ連れて行ってあげないとならない。ミニマリスト()に必要なのは投薬とカウンセリングなのだ。

ぜひ、ミニマリスト()を見つけたら投薬とカウンセリングを勧めてあげて欲しい。彼らもまた高ストレス社会の犠牲者なのだから。

恐ろしい恐ろしい…。

 

 

追記

ここで書いているミニマリスト()とは、家具も家電も服も殆ど全部捨ててがらんどうの何もない部屋に住んで、かつそれを自慢げにブログに書いているような人の事を指している。断捨離する事自体は否定していないのでお間違いなく。